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闘病記録

潰瘍性大腸炎の闘病記録 第4回 病気で一番つらかった大学時代

2016/11/01

潰瘍性大腸炎-闘病-記録
闘病記録 第4回です。
前回の記事は下記になります。

今回のお話は、わたしが病気で繰り返し入院し、大学を留年してしまった話です。
先に書いてしまいますが、ここでもやはり病気を盾にしていると言われてしまいました。
留年を病気のせいにするな!と。

潰瘍性大腸炎のようなマイナーで目に見えない症状だとなかなか苦労しますね。

病気が猛威をふるった時代

わたしが大学生のころに、病気のピークがやってきました。
何度も何度も再燃(再発)と寛解(一時的に良い状態)を繰り返していました。

再燃するたびに入院し、体重も何キロも落ちます。
ステロイドという強い薬も大量投与です。

ステロイドの副作用で肌はニキビだらけになるし顔はムーンフェイスでまんまる。
でも身体はガリガリです。

心身ともにつらい時代でした。

1年に1回入退院を繰り返すようになった

病気が猛威をふるった、とは、具体的には1年に1回入退院を繰り返すようになってしまったのです。中学生から高校生時代のころはさすがにそこまで悪くなかったのに。

1年に1回の入退院とはいえ、その前後も体調が悪い日々が続きました。だいたい入退院の前後2ヶ月ぐらいは調子が悪かったですね。

1回の入院が1ヶ月~2ヶ月ぐらいだったので、まともに生活できるのなんて1年のうち半年ぐらいしかありませんでした。

日常生活が送れなくなる

いよいよ日常生活に支障が出てきました。

当時は日常生活に支障が出てきたことなんかより、病気の症状、腹痛がとにかくつらかったです。
潰瘍性大腸炎の症状は他に下血やトイレが近いなどがありますが、わたしはなんといっても腹痛がひどかったです。

潰瘍性大腸炎の腹痛は、大腸が雑巾のように絞られているような痛みを感じます。
ぎゅ〜〜〜っ!!という感じの痛みですね。

ただトイレが近いだけならまだ生活できますが、この痛みがあるせいで身動きできませんでした。
ベッドで寝たきりの生活が多くなってしまったのです。

大学を留年してしまった…。

まぁ当たり前といえば当たり前なのですが、それだけ学校を休んでしまっては留年してしまいますよね。

もともと、万が一の病気のことを考えて家から近い大学を選んでいました。
これがかなり偏差値の低い大学でして…。
でも今思えば、この大学でなければわたしは間違いなく卒業できませんでした。

その学校であれば、成績はそれなりに良く、スムーズに行けば3年で単位をすべて取得してしまうぐらいの勢いだったのです。

でも現実は病気で入退院を繰り返して学校を休んでばかり。
テスト期間をちょうど入院して休んでしまったのです。

職員は「なんとかするから安心して入院して治してきなさい」と言った

入院する前に、学校の職員に相談しました。
すると、「学校のことはなんとかするから!安心して病気を治してきなさい!」と心強いお言葉。

入院はイヤでしたが、学校の心配をせずに入院できたのは良かったです。

しかし、現実は違ったのです。
帰ってきて地獄を見ました。

帰ってくると職員は「そんなことを言った記録はない!」と言う

退院して学校に戻ると、入院前に相談した職員の人に「そんなことを言った記録はない!」と言われました。
「そんなことを言った記録はない!」、この一言でわたしの1年という時間と1年の学費は消えました。

あの時はかなりパニックになりました。
職員のほうも問題になることを恐れてか、わたしに対して怒鳴り声でケンカを売るようにして罵倒してきます。
「お前は留年だ!」とまで言われます。

それを見て周りの人がクスクスと笑ってみているだけ。

あの時は世界中の人間すべてが敵に見えました。
「入院して単位もらえるなら俺も病気になりたかったな〜」なんて声もありました。

病気でただでさえつらいことをたくさん経験してきたのに、元の世界に戻ってもつらいことしかなかったんです。

すべてに無気力になってしまった時代

わたしはどれだけ真面目にがんばっても、学校を休んだり遊んでばかりいる学生以下の存在なのだと知りました。

何をやってもダメ。
何をやっても無駄。
なぜなら病気だから。

わたしがどれだけつらいと想っても、誰も助けてくれる人はいませんでした。

ひきこもる

そしてわたしはひきこもってしまったのです。
家の外に出ることができなくなってしまったんです。

外の世界が怖い。
外に出ればまた傷つけられてしまう。
もうずっと家の中にいよう…。

自分に生きる価値がないと自覚した

わたしはたくさんの人からゴミクズのような扱いを受けてきました。
そして大学時代でもまたゴミクズのように扱われました。

心のどこかでわたしは自分のことを「尊い人間である」と思っていたのです。
でもようやく自覚することが出来ました。
わたしが正真正銘のゴミクズだと。

それはもう本当に生きる価値が何もないゴミ!
もし命に値段がつけられるなら、わたしの命はゼロ円…むしろ捨てるのにお金を払う必要があるぐらいです。

まとめ

ひきこもってはしまったものの、ある程度の時間で克服することはできました。
今回の記事では自分をボロボロに言っていますが…。
この経験がわたしに大きな力を与えてくれました。

今ではわたしをゴミ扱いしてくれた人たちにとても感謝しています。

実はこういうのって本当はありがたいんですよね。
なかなかはっきりと人をゴミクズのように扱ってくれる人っていないと思うんです。

ちゃんとゴミだって言ってくれなければ、自分が価値のない人間だということに気づかなかったことでしょう。
困難を困難と認識することはなかったでしょう。
困難を認識していなければ乗り越えようとすることもなかったでしょう。

この出来事がなければ、困難に遭遇しても、誰かに助けを求めたり、人に甘えるような人間になっていたかもしれません。

闘病記録第五回はこちら。

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