潰瘍性大腸炎になって学校生活で悩んだこと

潰瘍性大腸炎を発症し、学校生活に不安を抱えている方がいらっしゃるかと思います。

わたしは13歳という年齢で潰瘍性大腸炎を発症したため、中学校、高校、大学と学校生活のほとんどを潰瘍性大腸炎とともに過ごしてきました。潰瘍性大腸炎ということでいろいろ悩んだこともあります。

若い人に多い病気とは言われていますが、ちょっとわたしの場合は若すぎかもしれませんね。今まさに学校に通っているという年齢で発症するといろいろと不安や悩みもあるかと思います。

今回はわたしが潰瘍性大腸炎を発症し、学校の生活で悩んだことを書かせていただきます。

潰瘍性大腸炎になって学校生活で悩んだこと

学力の低下

潰瘍性大腸炎になることで一番困ったことが学力の低下でした。潰瘍性大腸炎という病気が知能を下げたり、薬の副作用で知能が下がるわけではありません。

長期間の入院により学校の授業を満足に受けられず、授業についていけなくて学力が低下するということです。特にわたしがついていけなくなったのが中学時代の英語でした。

数学の授業については基礎がしっかりしていれば授業を聞いていなくても自分で公式などを導き出すことができるため問題ありません。ですが、中学の英語は基礎の積み重ね、階段を一段ずつ登っていくようなものですので、真ん中がすっぽり抜けてしまったためにその後の授業がまったくわからなくなってしまったんです。

主語、動詞を勉強せずに突然、現在進行系や過去形の話をされてもわかりませんよね。そういったことは動詞がわからないとわからないです。

入院中に勉強すればいいじゃん、と思われる方もいるかもしれませんが、症状がひどいときは寝たきりなのでむずかしいんですよね。授業の遅れを取り戻すのはむずかしいです。

からかわれる(ハグレ、いじめへの発展)

中学生ぐらいの年齢だとトイレの大の方にいくだけでからかわれてしまうんですよね。きっとこれはいつの時代も変わらないものだと思います。

病気だから仕方がないといっても周りはそんな事情はお構いなしです。最悪の場合はいじめに発展することもあるんじゃないかなぁとわたしは思っています。

わたしの場合はいじめはありませんでしたが、ハグレではありました。まぁ潰瘍性大腸炎という病気はキレイな病気ではありませんからね。

病気にキレイも汚いもないのですが、たとえばドラマに出てくるような病気だったら他に人も優しく接するのかもしれません。実際にわたしの学校では神経の病気で車椅子に乗った女の子はたくさんの人の支援を受けられていましたが、わたしは人からからかわれるだけでした。

別に支援がほしかったわけではありませんが、多くの人から支えてもらって病気を克服した女の子と、たった一人で暗い絶望の中で大腸全摘を決意したわたし。これがわたしのみじめな人生のすべてを表していると思います。

ただ、これがすべてにおいて悪いことだったのかというとそうではなく、わたしは自分の力で困難を乗り越えられる力を得たのだと思っています。

志望校の妥協

わたしの人生は病気になってからというもの、妥協の連続でした。学力が落ちて自分に自信がなくなってまた学力が落ちて…そういう負のスパイラルに完全にハマっていました。

わたしは高校も大学も妥協してレベルを落としてきました。結局は自分の力が足りなかっただけなのですが、満足に学校に通えていればもう少し違った結果になっていたかもしれません。

特に大学はなるべく家の近くの大学を選ぶようにしていました。大学って中学や高校と違って家から遠い大学なんて簡単に選べてしまいますからね。

病気があるということで大学進学の選択肢はかなり狭くなりました。ですが、自宅に近い大学でなければ卒業すらできなかったと思っています。自宅から遠い大学だったら途中で退学していたでしょう。

進級できず。留年

中学、高校では進級できないなんていうことはほとんどないでしょう。ですが、大学生になると留年はあります。休んだ時期は数ヶ月でしたが、実質2年分留年しています。

大学では単位と言う点数みたいなものを稼ぐ必要があり、その単位というのは1年間にいくら取得できていないと進級できない、と決まっています。

わたしは真面目だけが取り柄のような人間で、誰よりも真面目に授業に出席し勉強していたと思います。成績も悪くない、どころか良かったほうです。もともとレベルを下げて入った大学でしたので。

ですが、テスト期間だけを病気で休んでしまったり、単位を取得するのに必要な授業の出席日数に満たなかったりで単位を取得できずに留年してしまいました。

大学という場所は多くの人が結構遊んでいたりします。授業も真面目に出席せず代理で出席してもらったり。そういう不真面目な人より自分は下にいるんだと知ってショックを受けました。

当時は相当落ち込みましたが、ここでドロップアウトしてしまえばそれこそ積み重ねたものが無駄になってしまいます。ぐっとこらえて卒業を目指しましょう。

テスト中にトイレ

潰瘍性大腸炎は時と場合を選ばずに腹痛がおそってきます。大腸を全摘しているというのに、いまだにわたしを苦しめているのがトイレの問題です。

学校生活の場合、テスト中にトイレに行きたくなることがよくあります。というか、ほぼ確実に1回は行きます。

わたしは過去に、病院から退院した直後にテストで非常に良い成績を叩き出したことがあります。休んでしまった分を取り戻そうと一生懸命努力した結果です。

ですが、現実はカンニング容疑がかかってしまったんです。『カンニングしていません!』なんてことは証明しようもないので、当時の同級生はわたしがカンニングしたのだと認識したままでしょう。それでもわたしはやっていない。

そこから勉強に対してもモチベーションが下がってしまったのも学力低下の原因のひとつだと思います。

これを書くと言い訳っぽくなってしまいますので一応説明しておきますが、わたしは情報処理の難関と言われる国家資格を複数保有しています。どんな理不尽があろうとも真面目に努力しつづける性格、だと思ってます。

今だからこそいえますが、テスト中のトイレは胸を張って行っていいんです。やましいことなんてしていないのですから。わたしは資格試験の時、いまでもテスト中にトイレに行っています。

まとめ

まとめると下記の通りです。

  • 病気で学校を休みがちになると学力は低下する
  • 体調の不安が志望校の選択を狭くする
  • 留年することもあるかもしれないけど卒業という肩書は大事

今ふりかえってみると、わたしは学生時代に潰瘍性大腸炎を発症していて良かったと思います。貴重な青春時代をまともに過ごせなかったというのはありますが、大切なのは生き抜くことであり、社会人になってから発症したほうが大変かな、って思います。

たとえば、病気になることなんて想像せずにただなんとなく学校を卒業し就職、家庭を持って順風満帆と思っていたら潰瘍性大腸炎発症…なんてことになれば、最悪の場合職を失うかもしれないし、そうなると家族も養っていけません。

学生時代に病気になったことで、将来の方向性を早い段階で考えられるようになったのは良かったです。わたしは今システムエンジニアというスキルを身につけられる職業をやっていますし、常に職を失った場合のことも想定して資産や他の収入の柱の形成に注力できています。

かなしい思い出もたくさんありますが、それらはすべてわたしの中で生かされています。

当時は死ぬほど悩んだことでしたが、人は忘れっぽい生き物ですし、オッサンになれば鈍感にもなります。今辛くても、いつか『なんであんなに悩んでたんだろ?』って思える時が来ると思います。