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闘病記録

潰瘍性大腸炎の闘病記録 第5回 大腸全摘手術を決意した理由

2016/11/01

潰瘍性大腸炎-大腸全摘-理由-決意
闘病記録 第5回です。
前回の記事は下記になります。

潰瘍性大腸炎-闘病-記録潰瘍性大腸炎の闘病記録 第4回 病気で一番つらかった大学時代
闘病記録 第4回です。 前回の記事は下記になります。 今回のお話は、わたしが病気で繰り返し入院し、大学を留年してしまった話...

今回のお話は、病気で挫折を経験し、引きこもりになったそのあとのお話です。
どのようにして復帰したのか、どのような理由で大腸全摘を決意するのに至ったのか。

そんなことを書かせていただきます。

ひきこもりからの脱却

わたしは病気が理由で大きな挫折を経験しました。
大学の留年です。

「たかが留年ぐらいで…」、と思われるかもしれませんね。

世の中にはたくさん留年や浪人する人がいます。
しかし、わたしの場合は少し意味が違います。

わたしは一生懸命努力をしたにも関わらず、試験を受ける機会すら与えられなかったことがショックだったんです。
機会を与えらない、それはこの先どれだけ努力をしても100%無駄だということです。

努力は99%が徒労に終わる覚悟でやっていますが、たった1%あるかないか、大きな違いです。

誰も助けてくれなかった、だからこそ強く生きることができた

挫折を経験し、ひきこもりとなったわたし。

前回の記事でも書いたのですが、誰もわたしを助けることはしませんでした。
留年するわたしをクスクスと笑うだけ。

あの時は本当にたくさんの人を恨んだり憎んだりしていました。

しかし、誰もわたしを助けなかったからこそ今があるんです。

自分の力で解決するしかなかった

誰も助けてくれないということは、常に自分の力で問題を解決するしかないんです。
わたしはずっとそうしてきました。

誰も助けてくれなかったからこそ、自分の力を高めることができたんです。

わたしには誰も何もしてくれない、不公平だ、そう思っていた時期がありました。
今だからこそ言えるのですが、誰かに助けてもらえなきゃ生きていけないようなら、遅かれ早かれ別の障害にぶつかっていたことでしょう。

ひきこもりを経験したわたしですが、結局自分自身の力で立ち上がり復帰しました。
きっかけなんてありません。

ただでさえハンデを持っているのに、これ以上腐ってどうするのか。
底辺にいるなら、底辺の中でも上を目指さなくては生きていけないのではないか。

そう思っただけです。

社会への復帰

とはいえ、社会復帰はむずかしいものです。
わたしが留年したという事実は変わらないし、これから先どれだけ努力をしても機会を与えられることはない。

学校すらまともに通えない

学校すらまともに通えない、卒業できない人間が社会に出ることができるのでしょうか?

学校なんて言ってしまえばお金さえあれば在籍できます。
しかし、社会は働いて成果を出すことでお金がもらえる。
成果を出すことでそこに居続けられる、そういうところです。

ひきこもりから脱却したものの、根本的な問題は何一つ解決していませんでした。

社会に適応できないと自覚する

ずっと認めたくなかったことですが、わたしは社会不適合者であることを自覚しました。

厳しくて差別的な言葉に聞こえると思いますが、病人は社会不適合者です。

これはわたしがそう思っていることではありません。わたしが今まで生きてきて、受けてきた扱いから思うことです。同じ病人であるわたしがそう言うだから、せめて差別して言っているのではないということをご理解ください。

潰瘍性大腸炎患者を汚物を見るような目で見られたり、わたしが留年するのを見ているだけ、留年させたがっていたり。

つらいことですが、この事実を受け止めることでわたしは前進することができました。

この世界で生きていけないなら…

世界がわたしを拒絶するなら、わたしの選択は2つです。

世界を変えるか、自分を変えるか。

病人が生きやすい、助け合いの世界を作る。
できることならこれが理想ですよね。

今でも表面上はそのようになっているように見えます。
しかし、潰瘍性大腸炎のような表に出てこない病気だと扱いは悪いです。

『病気を受け入れない社会が悪い!』

そのとおりだと思います。かといって、世界を変えていくにはかなりのエネルギーが必要です。

だから、わたしは自分を変えることにしたんです。
それがわたしにとって大腸全摘だったのです。

大腸全摘の決め手

病気になったのは誰のせいでもありません。
病気になったわたしも、誰も悪くない、そう思っています。
でも、病気になった人間はリスクを冒さなければ生きていけないんです。

弱者はリスクを冒してようやくスタートラインです。

でも自分の命とその後の人生を大きく左右することです。大腸全摘なんて、なかなか決断できません。

深い絶望の中に勝機

ここでわたしの人生を振り返ってみると…。
別にたいして大切にするような命ではないんじゃないか?
これが決め手でしたね…。

たくさんの人にひどいことをされてきました。
本当に人生のどん底にいたし、たくさんの地獄を生きてきました。
ゴミみたいな人生だったからこそ、覚悟ができたんです。

今では、わたしをゴミのように扱ってくれた人たちに感謝しています。
これがもし優しくされていたりしたら、わたしは自分の力で困難を乗り越えられる人間にはなっていなかったでしょう。
自分の力を高めていこうと思わなかったでしょう。

困難を乗り越えるのに必要なもの

人はよく、友情、愛情、努力、希望…、そういったものを大切にします。
それが困難を乗り越えるのに必要不可欠なものであると考え、それがないから困難を乗り越えられない、挫折をしてしまう。

わたしにはそれが何一つありませんでした。
しかし、それでもわたしは病気を克服?し、就職、結婚と普通の人生を過ごしています。

わたしの人生を通して言えることは、何かたった1つでもいいので誰にも負けない感情を武器に変えていくことです。

それがわたしにとっては絶望でした。
それしかないんですから、それを武器にするしかないんです。

まとめ

今回のお話では、メンタル面で大腸全摘を決意した理由について書かせていただきました。
実際には薬の副作用や潰瘍性大腸炎の予後など、ほかにも材料があります。
それについてはまた後日。

大腸全摘は症状が収まっているときにやらなければならないケースが多く存在します。
その状態で決断するには、メンタル面の強さが必要です。

今回のわたしが大腸全摘を決意した理由が、参考になるとうれしいです。

闘病記録第六回はこちら。

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